そうしているうちに、愛知の田舎の三河では、トヨタ自動車の工場にゲイを従業員として雇う試みが進められた。ある意味ここが違う。権力の側は私が立っていることで、彼らは権力から離れて大企業に雇用された。だからそこで考えることが違う。すると、私の方は権力の側にいるから、古くても新しくても実は行政権でやろうとすると「できない・やれない」問題にかなり直面してしまう結果になった。ある意味それをそのままさらけ出すことにした。ここで割と勘違いしてる。当てになんなそうな法務書記官アーサー・ダールトンっていうのはだからでもある。
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無能の行政官をみんなの前に晒す・・・行政官でなくても嫌なくせに。NLGRの現場なんて年中そう言ってるくせに。自分がゲイコミュニティーの現場に来て、使えない・無能・役立たず、なんて男は意外と嫌がってしまう。もちろん私はそんなことを考えたこともないんだが。行政権っていうのは本当は、ゲイ問題の意外と肝心なことに限って、割とうまくやれないか、法制度的に実際にできないか極めてやりにくくなっちゃう。それがあんまりわかってなかった。
もちろん私ほど有能で、手練手管で、表でも裏でもあれこれできることを・・・無理にそう言ったってしょうがない。行政権ではやりにくい事柄があってしまう、って点こそが私たちにとって大事だった。
つまり、行政権にいるこちらが法律や制度でやりにくく手間取っている間に、トヨタの工場勤務のゲイの彼らにさっさと追い越されて当たり前だった。
あぁ、まだ権力の座に居座んなきゃ!・・・ぜんぜんわかってなかったらしい。後進に道を譲ったって結局こうなっちゃう。古くても新しくても行政権そのものに帰因しちゃってるからだってこと。で、追記すると、そもそもゲイ問題そのものの才能だったら私の方がはるかに優れてるわけだが本来、次第にトヨタの彼らの報告がちょっと・・・困った、か、あるいは行き詰まってる可能性が出てきた。報告を聞く限りだと。そこでIT企業、WEB系って聞くと聞こえはいいんだけど、ただのホームページ作成企業を作ってあって、だってほら割とラクにカネになるしゲイ問題にも使えるしで、大学生の頃にやってた癸丑カンパニーが母体なんだけど、そこに調査させることにした。
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