2024年10月14日月曜日

ゲイ大司教ゴッドファーザーせきね

騙さなくてもいいのよ。隠さなくても。
あたしたちの世代はこの歳でも
こんなことまでしかできはしなかったって。
これでも必死で努力してきたんだから。
こう言ってるあたしでさえ
キャリアウーマンみたいに
勉強と仕事ばっかりの人生だったんだから。

これがわたしたちの世代と時代にできる
最大にして最高限なのよ、すでに。
ゲイコミュニティーへのオープンソース活動を通じて
わたしたちはこうして出会った。
出会った初日から何かを確信してしまった。二人して。
わたしが悪女を演じられ続けるほどに。
しかし二人ともこれ以上には進めない。
わたしたちにはどうしても超えられない
一線があってしまう。
一方は大司教としてもう一方はゲイバーのママとして
男と女、夫と妻、父と母を演じて。
なぜならこの子たちの未来に
わたしたちの世代と時代の限界を
もたらすわけにはいかないから。
だからわたしは悪女を演じることでしか
この子たちを導くことができない。

パレードのときに一人で参加すると
さびしいから?
心理的にはそうでもそれって
恥を気にしてるでしょ。
だったら堂々と恥をかけばいいじゃない。
「この歳で彼氏もいないさびしい男だ。」って。
ゲイコミュニティーのみんなの前で
堂々とそう言えばいいはず。

今の自分の観点だけだと
きっとこうなっちゃう。
大司教みたいな「大いなる父」として
若いゲイたちを...みたいな話。
ダメ?
愛し合うことを知らない男が
頂点に立ってしまって、
果たしてそれでいいのかしらね。
ブス。
それを言ってるのよ。
もともと血縁に基づかないわたしたちは
後継者を探すほうがむしろ容易いはず。
愛し合うことを知らない父、
そしたらその後継者の息子は?
ブス、さような甘言に
心ウキウキするほど
我輩は軽率ではない。
またそう思っちゃってるどこで。
後継者の息子には商売女でも適当にあてがって
遊ばせれば、やることさえやってれば
それでいい。男だから。
男性的な発想でこうなるっぽい。
女体の神秘ぐらいの発想。
なによその負けず嫌いは。
愛ってむずかしいわね。
うん。
そ、そうね。
中世キリスト教社会には一面では
そういう気持ち悪さがあってしまい、
うん。
あ、そう、認めるのね。
うん。
それを信仰で無理に乗り越えようと
したからでもある。
映画「薔薇の名前」にも同種の
気持ち悪さはやはりあってしまうはず。
さぁそれを男同士のわたしたちで
いったいどうやったらいいのかしらね。
わ、わかんないのね、あの子たち。
自分が一方的に愛しただけじゃ
その意味になったりはしないって。
マグロ掘ってて愉しいのかしら。
そういうこと言わない。
子供の教育に悪いから。


  「マグロなんて掘ってて    「ママ、          「ママ、俺のこと
   愉しいのかしら?       そういうこと        そういう奴だと
   ママがっかりよ。」      言わないでほしい。」    思ってる?」

涼しい顔して言いやがった。
マグロ。大トロ。
本当の意味はどうせ違うからいいのよ。

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ゲイ大司教ゴッドファーザーせきね

騙さなくてもいいのよ。隠さなくても。 あたしたちの世代はこの歳でも こんなことまでしかできはしなかったって。 これでも必死で努力してきたんだから。 こう言ってるあたしでさえ キャリアウーマンみたいに 勉強と仕事ばっかりの人生だったんだから。 これがわたしたちの世代と時代にできる ...