バディ全盛期の彼らはだいたい私より歳上だったから、私を見習おうとするわけがなかったわけ。しかし・・・東海ACTの主要メンバーやパレード新時代の世代は私より2~3つ歳下の世代だったことで、間違って私を模範的に見習おうとする傾向が実際にあってしまった。
どうしたらこんな奴が私のことを見習おうと思うんだろうか・・・。鏡見ろっていうぐらいわかりきったことに思えて、それでいてやっぱり当事者の不安からか、実際にそういう傾向があってしまった。
どうしたらこんな奴が私のことを見習おうと思うんだろうか・・・。鏡見ろっていうぐらいわかりきったことに思えて、それでいてやっぱり当事者の不安からか、実際にそういう傾向があってしまった。
先に進んだやつはだいぶアレなやつだったのに......
そうして時代的にも立場的にも、半分ぐらいは模範的であることを余儀なくされた私のイメージ図っていうのが、他でもない、サガスカの法務書記官アーサー・ダールトンのことになる。違う奴にははっきりとお前とは違うと、似ているのならそう目指すべきだと、見た目でアピールしてる一面がある。
今だと社会的な立場っていうのが、嫌でも先に進んだ私を参照しないとなんない形になってしまい、それで結局他にやりようがなくて、やはり真似してしまう、っていう種類の形になるはず。それで毎度また困るんだけど。見るからに柄にもない奴が、偉くなった途端に急に同じことをする羽目になってしまったりする。ゲイとしてどうしたらいいかわかんなくなってしまうから。
0 件のコメント:
コメントを投稿