むしろ制服を着てる高校生とかのほうが
ほとんど区別つかない。
似たようなもんだと思っちゃってる。
「柔道部の体育会系が好き」っていうのと
「相撲部の体育会系が好き」っていうのは
本当はかなり意味が違う。
「外見の表面的には同じでも、
本当の好みは細かくは違ってしまう」
っていう問題がここにはあってしまう。
このまま高校生や大学生で例えてしまうと、
特に現役を引退した後の就職先なんかで
違いがもっと鮮明になってくる。
昨日の続き。『7つの習慣』をもうお裾分けでもらってきてしまったんだけど、わたしから教わろうとしてしまう。本当の意味ではこの本のコンセプトの「パトス」こそがわたしには最もわかりにくい。つまり「わたしならやらない」ってこと。自分のゲイビジネスでもゲイライフでも、『7つの習慣』を、わたしなら自分自身に使わない。しかし彼らは必ずしもそうじゃない。そこがわかんないらしい。
第1の習慣
<受け身になる> ー <主体的になる>
マグロそれ
ほんとにわかんないから言ってるんだけど。
<主体的になる>➡<自分からケツを出す>
ブス、バカ、猫に小判
だからわたしには
その<パトス>が本当にわかんないから言ってるのに。
「次期サークル代表は自分がやります。
来年から。
どうしたらいいでしょう?」
本質的にはわたしに教えることができない質問になる。
だからもうどうせなら率直に言ってしまうと、
『7つの習慣』は<甲言語>で書かれている。
この本のノウハウを「非常によくできてる」と
考えるのも実は彼らで、
この本でいっしょにしばらく読んだりやったりするとしたら
わたしからすると、
「そもそも、本物の憲法ってこうなってる。
それを個人にあてはめて
ミッション・ステートメントって言ってる。」
っていう教え方になる。
で、もちろん「基本的人権の尊重」っていう
日本国憲法の条文を読んでみて、
「この書き方でこういう内容と意味を持っている。
憲法の条文には書かずに別にしたこともある。
ゲイの人権擁護っていうのもその一つになる。」
こういう教え方をすることになる。
・・・・・・なに?
意外と真面目で本格的。
印綬とか先生っていうものは
ある意味実際にこういうもんだからでもある。
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